トヨタ・プリウス(4代目 ZVW50型)は、低燃費と滑らかな走行性能で世界的に評価されているハイブリッドカーです。
平成30年10月登録の本車両も、日常の足として活躍してきましたが、今回お客様から「エアコン使用時に甲高いブーンという異音がする」とのご相談があり入庫しました。
ハイブリッド車に搭載される電動コンプレッサーは、エンジンの回転数に依存せず静かに作動するのが特徴ですが、経年や内部摩耗により異音や冷却性能低下を引き起こすことがあります。
当工場でも、ここ数年でプリウスをはじめとするハイブリッド車のエアコントラブル修理依頼は増加傾向にあり、特にコンプレッサーの異音事例が目立ちます。
今回は実際に入庫したZVW50型プリウスの電動コンプレッサー交換作業を、写真付きで詳しく記録しました。
「どのように異音を診断したのか?」「高電圧系統を安全に作業するには?」「交換作業の流れは?」
といった実務的なポイントも交えながら紹介していきます。
お客様来店理由
「コンプレッサーから甲高いブーンという異音がする」ということで来店されたプリウスのお客様。
主に冷間時に発生し、冷房は効いているものの不快な音が続くとのこと。
しばらくエアコンをONで走行していると、いつの間にか異音が消え、そこからは次の日まで異音がしないとのことです。
車両情報
症状確認と診断方法
お客様から「コンプレッサーから甲高いブーンという異音がする」との申告を受け、まずはアイドリング状態で音の発生源を特定しました。
聴診器を使用し、コンプレッサー後部に当てて確認したところ、確かにブーンと言う感じの音がが持続的に発生していることを確認。
次に、ガスの流れに異常がないかを確認するため、マニホールドゲージを接続して高圧・低圧の両圧力を測定しました。
その結果、いずれも基準範囲内であり、冷媒不足や過充填の兆候はなし。
外気温33℃の条件下で吹き出し口温度を測定すると、約10℃まで冷えており、冷房性能としては正常と判断できる状態でした。
今回の不具合は「冷えない」という性能低下ではなく、コンプレッサー内部の機械的異音が主原因と考えられます。
修理内容(交換部品)
今回の異音の原因はコンプレッサー内部の機械的摩耗または損傷と判断。
さらに、作業の際にハイブリッドバッテリーのサービスプラグを一旦取り外す必要があったため、冷却ファンフィルターの清掃も実施。
これにより、今後のバッテリー冷却性能の維持にも配慮しました。
交換手順|プリウス(ZVW50)のコンプレッサー交換作業
コンプレッサー位置の確認
プリウス(DAA-ZVW50)のコンプレッサーは、エンジンルーム奥まった位置に搭載されています。
手前には冷却系ホースやカプラーがあり、直接のアクセスはやや制限されます。
作業スペースを確保するためには、エアクリーナー辺りの取り外しが必要そうですね。

step1:真空引き準備のための接続
エアコンユニット交換作業に入る前に、真空引き作業を行うため、マニホールドゲージを冷媒回路に接続します。

今回使用しているのは、電動コンプレッサー専用・POEオイル対応タイプのマニホールドゲージです。
ハイブリッド車やEVのエアコンは、コンプレッサー内部に高電圧モーターを搭載しており、絶縁性を保つために専用のPOE(ポリオールエステル)オイルが使われます。
もし通常のPAGオイル用ゲージを使うと、残留オイルが混入して絶縁不良やコンプレッサー故障の原因となるため、必ずPOE専用ゲージを使い分ける必要があります。
step2:サービスプラグ取り外しと冷却ファンフィルター清掃
駆動用バッテリーのメンテナンス作業を安全に行うため、まず運転席後方・リアシート下に設置されているサービスプラグを取り外します。これにより高電圧回路を遮断し、作業時の感電リスクを防ぎます。


併せて、バッテリー冷却用ファンのフィルターを取り外し、付着していたホコリやゴミを清掃します。フィルターの目詰まりは冷却性能の低下やバッテリー温度上昇の原因となるため、このタイミングでのメンテナンスは効果的です。
Step3:補機バッテリーのマイナス端子を外し、インバーター周辺を分解
補機バッテリーのマイナス端子を外した後、インバーター周辺のカプラーをすべて取り外します。
続いて、インバーター後方にあるT20トルクスねじと10mmボルトを外します。
この作業後は、必ずサーキットテスターを使用し、高電圧系統が「ゼロボルト」であることを確認してから次の工程へ進みます。


Step4:コンプレッサーのカプラー位置確認
エンジンアンダーカバーを取り外し、コンプレッサーを下から確認します。
すると、コンプレッサー上部にオレンジ色のカプラーがあり、ロックがかかっていることが分かります。

このカプラーは下からでは外せず、上からアクセスする必要があります。
Step5:エアクリーナーボックスとインレットパイプの取り外し
- エアクリーナーボックスを車体から外す。
- エアクリーナーインレットパイプをずらして作業スペースを確保する。
- ゼロボルト確認は済ませているが、念のため絶縁手袋を装着して作業を行う。
- オレンジ色のカプラー(高電圧ケーブル接続部)のロックを解除し、慎重に取り外す。


Step6:クーラーガス配管・カプラー取り外し作業
- クーラーガス配管を外す
エアコンコンプレッサーにつながるクーラーガスの配管を慎重に取り外します - 下側カプラーの取り外し
コンプレッサー下部にあるカプラーも外します。


Step7:コンプレッサー取り外し
固定ボルトの位置
コンプレッサーは12mmのボルト3本で固定されています。
取り外し作業
3本のボルトを外すことで、コンプレッサーは下側から取り出すことが可能です。

Step8:コンプレッサーオイル量の測定
取り外したコンプレッサーからオイルを抜き、メスシリンダーで計測。
測定結果:約22ml
オイルの状態や量は、新品交換時に充填する量の目安として記録します。

リビルトコンプレッサーからもオイルを抜き取り、メスシリンダーで測定。
測定結果:約22ml

取り外したコンプレッサーのオイル量と同じため、オイル量の調整は不要。
オイルを戻しそのまま組み付け作業に移行。
Step9:コンプレッサー取付作業
- 配管接続部のOリングを新品へ交換
- 車種適合のOリングを使用
- 接続部には軽くコンプレッサーオイルを塗布し、シール性を確保
- リビルトコンプレッサーを車両へ搭載
- 取付ブラケット部の位置合わせ
- 指定トルクでボルトを本締め
- 配管を正規位置に接続し、締付確認

Step10:復元作業
- 取り外した部品・カバー類を元通りに組み付け
真空引き作業
- 約30分間真空引きを実施し、システム内の空気・水分を除去
圧力保持確認
- 真空状態を維持し、漏れがないことを確認
冷媒充填
- 規定量470gの冷媒を充填
性能確認
- エンジン始動、エアコンON
- 吹き出し口温度を計測(外気温33℃ → 吹き出し口温度8℃)
- 異音・振動・漏れなしを確認
プリウスのエアコンコンプレッサー交換まとめ
プリウスのエアコン不良は、走行距離や年数が経過した車両ではコンプレッサー本体やOリング、配管部の劣化が複合的に進行していることが多くあります。特にハイブリッド車特有の高電圧コンプレッサーを採用しているため、作業にはゼロボルト確認・絶縁手袋着用などの安全対策が必須です。
ガス漏れ・異音・冷えの低下といった症状を長期間放置すると、コンプレッサー内部に深刻なダメージを与えるリスクが高まります。正確な診断のためには、真空引き・圧力テストに加え、Oリングやオイル量の確認も欠かせません。
今回の作業では、既存コンプレッサーのオイル量を測定し、リビルト品のオイル量と一致していることを確認後、Oリング交換と組み付けを実施。復元後に真空引き・圧力保持確認・吹き出し口温度測定を行い、正常な冷房性能を回復しました。
整備士の視点から見ても、プリウスのコンプレッサー交換はDIYには不向きです。高電圧部品の取り扱いや冷媒配管作業には専門知識と専用工具が必要なため、安全かつ確実に修理するには整備工場での実施を強く推奨します。
使用工具紹介|ガスチャージ工具セット(2バルブ・R-134a/POE対応)
エアコン整備で欠かせない作業が真空引きと冷媒ガスの充填ですが、ハイブリッド車で使われるPOEオイルを扱う際には、専用工具の使用が必須です。こちらの**「R-134a/POE専用ガスチャージ工具セット(2バルブ・10点セット)」**は、まさにそのために設計されたプロ仕様のセットです。
主な特徴:
- R-134a冷媒とPOEオイルに対応した安心設計。
- 2バルブ式マニホールドゲージを含み、正確な真空引きやガス圧力の確認が可能。
- 充実の10点セットで、チャージホースや各種接続パーツも揃っており現場一式が揃います。
整備士としても、電動コンプレッサー整備ではPOE専用のゲージ使用を徹底すべきと感じています。残油やPAGオイル用品との混合を防ぐためにも、このセットはまさに“一式持っておくべき”アイテムと言えます。


コメント